欲望の檻

仕事を終えた男はいつものように家路を急いでいた。
張り合いの無い生活を淡々と過ごす日々、家に帰ったとしても独りきりの部屋を思い出す。
急に空しくなった男の足取りが鈍くなった。

何処かで食事でもしてから帰ろうか…珍しくそんな考えが浮かぶ。
そして、あまり立ち寄ったことのない方角に足を進めることにした。

適当な店を探そうと高架下を通り抜けようとした時、奇妙な扉が目に入る。
一見するとバーの入り口に見えなくも無かったが何処か妙だった。
興味をそそられたが、夕食が目当てだった男はそのまま通り過ぎようと考えた。

「キィィィ～ン！」

突然、聞いたこともない程の甲高い音が響き渡る。
驚いたことに、その音は目の前の扉から発せられていた。
恐る恐る近づいてみると、それを待ち構えていたかのように扉が光を放ち始めた！

甲高く響き続ける音に眩い光、その両方が頭に浸透し思考が奪われる。
吸い寄せられるようにドアに手を伸ばしてしまう。

金属で出来たノブを握り締めた瞬間、その冷たさに驚いて放そうとした。
しかし、何か強い力で押さえつけられているかのようで出来なかった。
それどころか逆に、意に反してノブを回し始めてしまったではないか！？

朦朧としていた意識が急速に戻り始め激しい危険を察知する。
だがもう遅かった、扉は完全に開かれその奥には部屋など無かった。

絶望的な程の闇が広がり、何処からともなく生暖かい風が吹き出すのを感じる。
次の瞬間、風が吹き出しているのでは無く、闇の中を落ちて行っていることに気付くのだった…。

＜それから半年が過ぎる＞

夕闇の中、少女が一人で道端にたたずんでいた。
その表情は不安げに曇り、目の端で辺りの様子をうかがっている。
学校からの帰り道、先程から誰かに見られている気がしてならなかったからだ。

「誰かいるの？」

勇気を振り絞って出した、か細い声が空しく響く。
更に恐ろしくなって必死に周囲を見回すが、やはり誰の姿も見えない。
しかしこの間も、身近で凝視されているような感覚は一向に無くならなかった。

「気味が悪いわ…お父さんも心配するし早く帰らなきゃ…」

そう自分に言い聞かせるように呟くと、逃げるように走り出した。
少女の姿は徐々に小さくなり、そのまま夕日の中に消えていった。
依然として辺りは静まりかえり、不審なことなど何も起きなかった。

薄暗い奇妙な空間で、水晶越しに走り去る少女を見つめる男がいた。

「キヒヒヒ…、勘の良い娘のようだな、久しぶりにタップリと楽しめそうだ！」

そう叫ぶと男は、手にした水晶を高々と頭上に掲げる。
それは激しく瞬き一筋の光が放たれた！
その光は数回弧を描い後、一気に飛び上がり彼方に広がる闇に吸い込まれ消えていった。

その行為の意味は何なのか全く分からなかった。
この不気味で薄暗い闇の中、男の甲高い笑い声だけが響きづづけていた…。